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2008/01/19

フルトヴェングラーかカラヤンか?その7 「最終回」

そろそろ、いい加減にこの記事もシメないとあかんかなあ・・・

前回までの記事の流れで行くと、「フルトヴェングラーもカラヤンも一長一短。曲の真意を伝えるというよりも、それぞれが、良い意味でのお客アピールのための『外面的効果』を狙っていると言う意味では同じ。」てな具合に落ち着くのが筋だし、最初にコレを書き出した頃は、そういう結論を導き出す予定でした。(でした、確かに!)

「理想の演奏は、スコア(総譜)と、それを読む一人一人のイマジネーションの中にしか存在しない。」・・・みたいな。

話をおかしくしてしまったのは、実演(ライブ)を観に行ってしまった後のことで・・・。

最初は、ブログのネタの仕込み的なノリで、12月23日の小林研一郎さんの第九のライブを聞きに行ったんですが(オーケストラは名古屋フィル)、これがマズかった・・・

何がマズいって、久方ぶりに「ライブを聞く喜び」を体全体で体験してしまったことですよ。

正直言って、2007年の名古屋という地方都市くんだりで、こんなに良い音楽体験ができるだなんて、思っても見なかった。

細かい部分の感想は、この記事の趣旨と離れるので書きませんが、やはり、1000回のレコード(CD)で聴く「音楽体験」は、1回のライブで体全体で感じる「音楽体験」の足元にも及ばない、それを痛感してしまいました。もちろん、それが感じられないようなクォリティの低い「ライブ」もあるんですが(その方が多いかも、ね!)、少なくともこの日の演奏はそうじゃなかったし、第3楽章とか、私自身、かなりヤバかった。あの、第2テーマで、ヴィオラ(+第2ヴァイオリン)が静かにセレナーデを奏でている所に、そっと第1ヴァイオリンが寄り添ってくるあたり・・・、もう、なんていうか、私は金も名誉も甲斐性もなんにも持たない男だけど、ベートーヴェンを知りえた事は、自分の最大の財産だし、名誉だし、幸せですよ。

それにしても、なんと美しい音楽なんだろうか?

美しい、美しい・・・

私は今、こうしてブログを書いてるときだって、それを思い出して、再び身震いが止まらなくなってくる・・・

・・・

・・・・・・

というわけで、結論です。今回は大どんでん返しで、フルトヴェングラーの勝ちとします。と言っても僅差なんだけど。

クラシック音楽(=ここでのクラシックとは、R.シュトラウス、バルトーク、ショスタコヴィッチあたりまでを指し、それ以降のコンテンポラリーは含めません)が、ジャズやロック・ポップスと、最大に違うことのひとつ、・・・それは、その成り立ちに「録音」という行為を想定していないことにあります。クラシック音楽の持つ、ダイナミックレンジの広さ大きさは、そもそも、電気的な処理とは噛合わないんでしょうね。ジャズやポップスは、その成立と発展に「録音」を重視したし、利用したし・・・まあ、最近は逆に音楽が電気に食われているけども。

もちろんカラヤンは、それと生涯を通じて闘いましたが、元々「生演奏」が一番合うフォーマットだけに、もうどうしようもない部分もあるのですね。そうしてみると、録音物である程度ライブの「予想」がついてしまうカラヤンより、多少ミステリアスな部分のあるフルトヴェングラーの方が、「クラシック音楽の基本は生演奏」という観点からはより楽しみ・期待感が大きい、と言うことになります。

個々の音楽作り、解釈の良否は、結局一長一短です。てか、どちらも、おっそろしく高いレベルであることは間違いないですから(私ごときがとやかく言える分際ではないです)、お好みやその日の気分に合わせてどうぞ、というほかありません。

というわけで、足掛け5ヶ月に渡って、文章を長々書き連ね、結局なんだか訳わかんなくなりましたね。しかも最初と言っている事違うし(!)。

長文駄文読んでくださり、申し訳ありませんでしたm(_ _)m

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